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うわーん、DVDでもなんでも買いまくりますから、もう許してください。ひっく、ひっく…。
冒頭からモノローグ風に日記を読みやがって。あたしはその演出に弱いんだってば。もうそこから一気に引き込まれたです。
さまざまなエキセントリックな設定に一夜にして回答を与えようという『ネルフ、誕生』的な回。いやちなう、10話かけて張ってきた壮大な伏線はこの回に収束するのだろう。コンパロイドさんのこと、怪盗さん(愛亀さん=ファニートータス?)のこと、ココロ図書館の名前の由来、それが人里離れた山の奥であるゆえん、奇跡のはじまり…。
一つ一つをとりあげるとちょっと無理のある部分も感じるけど、そういうこまごまとしたことではなくて、むしろ10話もの間ほんわかムードで構築されてきた世界観自体が大きな伏線であって、そのほんわかなココロわーるどは戦火と瓦礫を乗り越えた上で作られたのだという、原作からは想像もできない展開。
敵軍が攻めてきたときに攻撃をせず、橋を落として街を守ることを決めた、ジョルディさんら兵隊さんたちの、決意の敬礼。それに対して橋の向こうから敬礼を返す敵軍の将校(らしき人)。あたしはこういう話に弱いところがあるです。
街を再びの戦火からまもり、本を配って街の人に希望を与えた、ジョルディさん。その象徴としてのココロ図書館は、いくら市長さんが合理的にがんばっても、いくら市長さんが美人であっても、その秘書さんがあたし的にかなり萌えだったりしても、なくなるなんてことは街の人たちが許さないだろうと思うのです。
というか、市長さんのお名前が“百千まりえ”で、今回のお話に出てきたのが“百千軍曹”となっているのですが…。いや、これはネタばれちっくな情報かもしれん。
あと、アンドロイドさんのお話は、悲しいけど、もうすこし時間をかけて描いてあげてもよかったのかな。でも、尺がたりないのがよく分かる回だったから無理だったのかな。
さて、1月23日発売の DVD『ココロ図書館[1]』は第 1 話のみ収録ということで、2 巻目以降は 2 話収録で 7 巻構成で総額 40,000円コースと思われます。たぶん、ビクター税が含まれてるので。
【一】
せっかく天気がいいのに出勤日。今日は休みだったら映画でも観に行こうかな…と思っていたのに。明日は休めるのだろうか。現状では出勤日になる確率の方が高いのです。そうなるとクリスマスイブに一人であずまんがを観に行くという事態になるのですが。クリスマスが寂しいなら【七】へ、寂しくないなら【三】へ。
【二】
ココロ図書館を見なおして、こころんから再びもらい泣き。こころんはちゃんと消化して一歩、大人になるのかな。いろんなエピソードを強引だけどきちんとまとめ上げた黒田脚本にはしてやられました。星の贈り物さんでもふれられてましたが、あのストーリーの裏打ちに至る展開と構成力はすごいと思いました。というか、いいな姉萌えとかいってる場合ではなくなってきました。(終)
【三】
そうそう、クリスマスなんてまわりが騒いでいるだけ。自分はまったく興味ないんだ…。あれ、ちょっと待て、実は自分にはともに過ごす相手がいるから寂しくないというのなら【八】へ、一人でも全然へいきなんだというなら【七】へ。
【四】
薄れゆく意識の中であなたは自分の首に向かって振り下ろされる斧の刃が、月明かりに反射して光るのを見たような気がした。あなたは、展開の理不尽さに納得できないものを感じつつも、おそらくこれが最後の記憶となるんだろう、と覚悟を決めて深い眠りへと落ちていくのだった。(終)
【五】
1,200円とちょっと根が張るのだけど、鈴木直人ファンとしてはまったく惜しくないし、今この時期にゲームブックを出すという心意気にも応えたいと思うのです。いや、イブの日にゲームブックなんて逝かれたマニアのすることだというなら【四】へ、その気持ちはよくわかるというなら【九】へ。
【六】
ちなみに国産では、門倉直人著『魔法使いディノンシリーズ』(早川書房)や、思緒雄二著『送り雛は瑠璃色の』(社会思想社)なんかも好きだったな。(終)
【七】
そんなあなたへのクリスマスプレゼントという意味では、鈴木直人著『チョコレートナイト』(創土社)が24日に発売になります。あずまんがを観た帰りにでも保護して、ゆっくり遊ぼうかなと。【五】へ。
【八】
えっちなのはいけないと思います(©まほろさん)。【四】へ。
【九】
そうそう、ドルアーガシリーズとかまたやりたいよね。方眼紙用意してさ。(完)
本日のお買い物『まほろまてぃっく・CD どらまてぃっく 1〜3』。ジャケ買いではありません。
うっわ、もう、いったい、どうしろと。
それぞれにボーカル曲が 2 曲。CD ドラマの方は『まほろまてぃっく まろまろま日記・その 1〜3』と『黒まほろまてぃっく こんなおはなしはいけないと思います・その 1〜3』がそれぞれに収録されとります。もう、オーソドックスな作りのコテコテの CD ドラマなんですが、まほろさんに身も心も捧げることに決めてるので全てを受け入れます…。
いや、黒まほろまてぃっくの方は結構おもしろいんだけど。まほろさんと優くんが「新婚はんいらっしゃい」に出たり、まほろまてぃっくキャラがガチャポンのカプセルのなかで買われるのを待っていたりとか、まほろさんと式条先生の性格が入れ替わって「えっちなのはいいと思います」とか…。ああ、もう。
そう、体が入れ替わるとかじゃなくて、性格だけ入れ替わるという設定なので、まほろさんはそのままで積極的になり、式条先生が「えっちなのはいけないと思います!」とか言ってるとゆう。人間の性格とアンドロイドの性格が入れ替わる…しかもバナナにすべった拍子に…。いいんだ。ありです。
全体的にお笑いムードなんだけど、優くんのバースディ話はちょっとほろりとする内容で、早くに両親を亡くした優くんは誕生日を祝ってくれること自体がすごくうれしいみたいで、これからもまほろさんと一緒に誕生日を迎えて、一本ずつロウソクが増えていくといいなって感じなんですけど、まほろさんは機能停止まであと…?
ってわけで、いま放映してるアニメでは描かれないけれども、原作のほうではどうやって話を着地させるのか、気になって気になって仕方ないのです。優くんは、両親に続いて再び大切な人との別れを経験しないといけないのかしら。優くんは結構大人だけど、これ以上さらに大人にならないといけないのかしら。
早く結末を知りたいような、なるべく長く続いていてほしいような。
アンケート『OS XとOS 9 好きなのはどっち?』なんだけど、12月22日現在、OS X のほうが OS 9 よりも得票が多いようで正直意外ではあります。
ちょっと残念なのは、今回のアンケートに限った話ではないのだけど、選択肢を選んだ理由が統計からは見えにくいということ。おやじさんに要望というかお願いしたいのは、できれば“一言”を入力したいのですよ…。
All About の都合で難しいのならば、掲示板に「一票」専用のスレッドがあるだけでもいいのですけど、その一言が投票終了後に総括に反映されれば、とても意義深い物になると思うのです。
まあ、あたしが言いたいのはなんの意義もない一言なので、忘れていただいてへいきです…。
Pure Cube (MCJ) の 5 インチベイが空きっぱなしになっていて、ベイからファンの音が前面に漏れてくるのでうるさくて仕方なかったのだけど、ドライブでベイを埋めたら静かになったのです。
Pioneer DVR-103 を購入。Yosemite に入れてみたい気持ちもあったのだけど、空いているベイから埋めるのが妥当、というか実際のところ大容量データや mpeg 映像を取り扱っているのは PC のみであって、Yosemite に入れても仕方ないのでありました。
さっそく DVD VIDEO を作成してプレステ2での再生を確認してみたです。フルーツバスケット第25話をまだ視聴していなかったので、それを映像ソースとして選択しました。
DVR-103 の動作確認のはずだったのだが、想像通り泣かされてしまい、確認どころではない。原作を知っているものにとって、大地脚本のまとめ方はいい意味で裏切られたと思いました。慊人を登場させて透君の気持ちを揺らがせるとは思わなんだ。花ちゃんの電波も良かったし。この部分は大地監督が花ちゃん(というか CV の安原麗子)のためにむりやり見せ場を作った…という見方をしてはならない…。
むしろこれまでのフルバの展開上、必要であったと思いたいのです。周りの人々の様々な思いを受け止めていたり、周りの人々の透君ラブな雰囲気の中で、透君の超人的な優しさに違和感を覚えることがあったのです。周りの思いをすべて受け入れながら生きていくことなどできはしないのです。その意味で、透君は確かにいろんな経験をしていて強い女の子なのだけれど、今回、ちょっとくじけてくれて良かったと思うのです。
というわけで、DVR-103 はどんどん活用していきたい、というお話でした。
はるばる東京から友人が遊びに来て、あたしの部屋をいろいろひっくり返して帰っていきました。
友人は Mac もいじってたのですが、あたしが Photoshop Elements を使っていることにちょっと驚いていた様子。何でも「マカは無意味にハイエンド志向があるから、簡易版を使ってるなんて意外だった」とか言ってました。“無意味なハイエンド志向”には笑ったです。
でも、Photoshop Elements は決して簡易版じゃないし、ちゃんと Photoshop 6 も持ってる上で、Elements を選択しているのです。Elements を使っていると Photoshop 6 にないものをたくさん持っているということが分かります。それは仕事に必要なものと趣味に必要なものとを Adobe が選別した上で、それぞれのターゲットに対して提供しているということの表れだろうと思うのです。
友人が持ってきた『ときめきメモリアル3』。だいぶ前に買うとか買わないとかサイトで書いたような気もするけど、買わなくてよかったと思いました。ポリゴンのトゥーンシェーディングがどうとか、システムがどうとか、いろいろ話はあるけれども、総じて言えば顧客ターゲットを絞れていないということにつきると思います。
ええとね。DMNG を萌えさせなくてどうするよ。カスタマフォーカスとか、顧客満足度とか、考えろ。一般人に支えられているゲームじゃないんだぞ。
劇場版あずまんがを観に行くつもりだったのに、起きたらすでに14時を過ぎていたのでなんとなく諦める。
世間はクリスマスムードであり、クリスマスなんてそもそも…とか言い始めるほどのポリシーも持ち合わせていないので、簡単に楽しもうかと思ったのだが、夕食を工夫することくらいしか思いつかない。
仕方ないので、クリスマスにふさわしい映像作品でも観て過ごそうと思いつき、結局手に取ったのは DVD『ラブひな X'mas Special 〜 Silent Eve』であった。これがそもそも失敗で、挿入歌『恋の天使 舞い降りて/やまとなでしこ』を聴いて、「ああ、そうだ。iTunes でクリスマスソングのプレイリストを作ろう」と思い立ってしまったのだ。
iTunes で“クリスマス”やら“X'mas”とかで検索しまくって、できたプレイリストには当然のごとく、声優とアニメソングしかリストアップされてこなかったので鬱…いや、嬉。
クリスマスとは関係ないけど、最近の激烈お気に入りである『ココロ図書館 オリジナル・サウンドトラック』より『奇跡が起こる場所』もリストに追加。このサントラはメロディもピアノとストリングスの調和もきれいで好き。作曲が保刈久明氏である関係か、単にビクター繋がりなのか新居昭乃さんもピアノとコーラスで参加しておられる。あと、ファルコムのアレンジアルバムである『Preprimer』の曲も追加。古いけどこれもまたいいんだ。
まあ、その、何が問題かっていうと、一人でも全然寂しくないこと…というか物心ついて以来、常にだれか好きな人がいたはずなのだが、想うべき人がいないというのは実は初めての経験なのではないかと、2001年を振り返ってみて、そう思った。
GBA 用ソフト『鉄拳アドバンス』。だいぶ慣れてきたけど、まだまだむつかしい。左右パンチと左右キックがBボタン、Aボタンに統合されているので、業務用や PS 版のボタンの“場所”でコマンドを覚えているあたしは戸惑って技が出せないことがある。どうせ実戦では途中でガードされて使えないけれども、10連コンボも覚えるのが簡単。→→☆BBBBAAAABBとかね。
ゲーム自体の出来はなかなかよくって、3D のプリレンダリング画像を 2D キャラとして表示しているのだけど、キャラクタのアニメ数が多いのでなめらかに動いてる。フレームレートがどうとか言い出す人でなければ、問題なく遊べそう。
サイトのタイトルに、クリスマスのデコレーションをしようと思い立ち、一時的に変更していた『Desire for Mahoro』から『Desire for wealth』に戻してから飾ろうと考えたのだが、まだ戻せないでいる。まほろさん…。
昨日の日記から、記事ごとのタイトルのアイコンに、ピンクをふやしてみた。一応、日記は緑、ニュースは赤、ソフトは黄色、雑感は青、ピンクはアレ、というわけ方にしたいのだが、アレな日記、アレな雑感のときは気分で変えることになるだろう。
気分といえば、それによって変わる文体を何とかしなくてはと思いつつ、今日まできてしまった。読み返すと記事によって文体が違うので、頭が痛くなってくる…。統一したい。日記サイトと自分では思っていても読み返すとそうではなくて、単なる行動記録だったり覚え書きだったりしていることについては、なるべくその時のココロ模様を書くように、引き続き気をつけたい。しかし、時に「萌え」と「ハァハァ」という言葉で逃げつつ。これらの言葉はもはや何も語らないばかりでなく、AT フィールドである場合もあるので、できるだけ使わないようにしたいのだが、他に用いる言葉が見つからない場合もある(自分の中でさほど重要でない場合など、往々にしてそうだ)。
ちせとシュウジのラブストーリー、『最終兵器彼女』最終巻である 7 巻が発売になった。
いろんな謎は残ったものの、サイバーな最低限度の設定は、読者が都合良く解釈すればいいのであって、むしろ地球の最期の最期まで全力で恋していく二人を追い続ければいいのであるが…。それがあたしにとっては非常に難しい。
はっきりとそれとわかる形で描写されている“ちせの街”。あたしは、その街の大学に 4 年間通っていた(辛うじて 4 年で済んだ、という言い方がしっくりくるのだが)。あの坂も、街並みも、二人の通う高校(ちょうどその隣にあたしの通った大学はある)も、カラオケボックスも、道路標識も、バス停も、そしてあの展望台も、そこから見える風景も、何より彼らの言葉遣いも、すべてが完全にリアルな思い出としてよみがえってくるのである。
その思い出は、一人の思い出ではない。自分以外に登場人物がもう一人いるから、辛いのだ。ちせとシュウジの関係ほど力いっぱいではなかったが、確かに“恋していた”。この巻の中でかなりのボリュームを占める展望台のシーン。もちろんあそこまで派手ではなかったものの、似たようなことはしたことがあって、あの場面は正直、実体験がオーバーラップしてしまい、見ていられない。
ちせとシュウジのストーリーを追っているはずなのに、いつのまにか、あの頃(といってもせいぜい 1 年ちょっと前の話だ)の二人を連ねて読んでしまう自分がいる。最後のデートは…というかあたしたちの恋は、まさに“ちせの街”で終わり、ひとときの間あたしはその人を不幸にしてしまった。世界の終末になおも生きるちせとシュウジとは違って、ずいぶんと俗っぽい別れ方をしたのだが、時々、もう少し大人だったら、とか、もっと素直になれていたら、とか、仮定のストーリーを考えてしまうことがある。
だけど、このコミックを読んで、もっと自分勝手に、相手への想いだけを抱いて、恋していけばよかったのかも、と思った。
ついに最終回を迎えた『スクライド』第 26 話。徹夜残業のあと、いったん着替えのために帰ると口実を設けて、意識朦朧となりながらも何とか観た。
『ココロ図書館』では、一見バラバラに見えたフィーチャーを一話で繋ぎとめて見せた黒田洋介氏の脚本なのだが、『スクライド』では、これまで疑問だったり、伏線だと思っていたフィーチャーを、拳で吹き飛ばして終わらせた。
水守さんは、二人が戦う意味なんてどこにもない、と叫ぶが、カズマと劉鳳が戦うということだけが、この作品では意味を持つということだったのだろうか。終始繰り広げられる二人の戦いは、最後にはアルターもなしで殴り合うというレベルに。
それがこのアニメのテーマであるとすれば、二人の死闘(私闘)のために払われてきた様々な犠牲や、思わせぶりな設定は、消化不良のまま観るもののココロに残ってしまうのであるが、そんなものに意味なんて無くていいんだ、とでも言いたげな最終回であった。
話が変わって恐縮だが、高橋しん『最終兵器彼女』(小学館)では、ちせとシュウジの二人の愛だけに意味があって、二人が生きるために、ちせは最終戦争の幕を自分で引いて、その責任を負う。あたしには、ちせの最終形態は何かの碑のようにも見えた。そこには、テーマというか意味を見いだすことができたのだが、『スクライド』では、何だか肩すかし、いや猫だましにあったような感じで、ちょっと消化不良ではある。
結果としてあたしは“かなみ”の名をココロに“刻んで”視聴を終えることとなった。原作のほうでは“シェリス”の名が刻まれることになりそうな予感…。
ZAKZAKの記事より、【行列のできるアイドルNo.1は? 銀座では田中麗奈、秋葉原では前田姉妹】。
アニメイトで(普通のアイドルとしての)亜季ちゃんのイメージビデオが売られているのは、ただ単に『コメットさん☆』の CV であることに関連しているのか、もしかしたら我々がアニメイトに足元を見られているのかは、微妙なところだと思う昨今ではある。
記事中の分析によれば、
前田姉妹のほか内山理名や田中麗奈が上位を占めているのは、セクシーな美人より、癒し系が求められているということ。
だそうで、なるほど“癒し系”か。それならば「実は、癒し系アイドルが好きなんです」とか口にしても、なんだか普通の人みたいでいいではないか。しかし“癒し系”と入力するときに、ATOK がことごとく“いや死刑”と変換してくれるのは、何かの罰なのだろう。
その罰は素直に受け入れるとして、記事中の以下の部分については訂正を試みたい。
一方、よりマニアックなファンが集う石丸電気ソフトワンで1、3位に入ったのが“前田姉妹”。2人とも小学生時代から人気があった前田亜季(16)、前田愛(18)姉妹。
(誤)小学生時代から
→ (正)小学生時代のほうが
いや、実際のところどうかは知らないけども。つうか、ATOK の変換は恐ろしいほどに適切な気がしてきた。逝ってきます。
触れるものすべてを癒してしまう癒し超人本田透さん、ラスボス慊人さんに挑むの巻。
30分で2人斬りはさすがに無理があるだろうと思ったが、さすが慊人さんの病みようは尋常ではなく、透くんも一撃では倒せなかった模様で、もうアニメは終わりだけど今後に期待というところか。
夾くんとの対決については、原作では由希くんは絡まない話なのだが、アニメとして上手くまとめるためなのか、結構いいところを持っていった。なかなかいい展開ではあったが、このときくらいは透くんは敬語じゃないほうがよかったかもしれない。何となくだけど。
あたしとしては、透くんがねこの夾くんを抱いて帰ってくるシーンが好きだったので、それをちゃんと描いてくれていてよかった。あと、慊人さんと草摩の呪いの処理の仕方も納得のいく解を用意してくれていて、非常に完成度の高いアニメのまま終了してくれたと思う。
次週からは『七人のナナ』。ああ、21世紀のおそ松くんですか。そうですか、違いますか。
フルバも終わり、ココロも終わり…、木曜日だけが楽しみとなっていたあたしはどうやって生きていこう。いや、さっそく来月から DVD 発売だからへいき。
最終回『こころ、あると、いいな』は、11話『ジョルディの日記』をうけての内容。ジョルディさんに恩返しをする人々が、総出で登場して、現在、過去、現在と連なったこころんワールドも大団円。11話で強制着陸しちゃったので、今回は安心して予想通りのストーリーを楽しめた。
心地よい予定調和に酔った状態で、大好きな『奇跡が起こる場所』(サントラ17曲目)が流れて、思わず気持ちよく涙が頬をつたう。こういうライトストーリーで、そして戦争にしてはライトなバックストーリーで、簡単に泣けるというのは、平和というものを信じがちな我々の、ある意味“楽しみ”であるのかもしれない。
それでも、こころんワールドを守るためにジョルディさんは戦ったのだし、街の人々はそれに応えて奇跡を起こしたのだ。これは泣きポイントだよ。いや、奇跡というよりはそれは厳然として存在していた因果律のようなものかもしれない。“奇跡が起こる場所”には、やはり奇跡の種を蒔いておく必要があるのだ。
あたしも、この世界を守るために…ええと、おとなしくアニメでも観ていよう。
インターネット放送で試験放送中のラジアメ。しゃべりは昔より危なっかしい気がする洋美さんと、昔より突っ込み(突き放し?)に切れがある気がする鶴間さんのトークも、今回でいったん終わり。1 時間の拡大放送を存分に楽しんだ。
今回は、声優の中川亜紀子ちゃんがゲスト。つうか、元ラジアメリスナーかよ。ふれキャンにいったのかよ。DMNG かよ。
しかし、まさか『恋のディグダグ』がまた聴けるとは思わなんだ。いや、iTunes を起動すれば聴けるんだけども。やはりラジアメで聴くとひと味もふた味も違う。昔住んでいた家のベッドから見た風景とか、当時の友達の顔といった、過去の思い出というフィルタがかかる所以か。
あとは、放送の存続を求めて、アンケートに答えたりしてみよう。このサイトの読者の方で、元ラジアメリスナーならば、ぜひ。
非常にあやういバランスの上に成り立っているのだが、ようやく年末年始の休みが決定した。29 日、1 日、2 日、3 日の 4 日間は休める模様。30 日と 31 日は出勤日で、しかも 30 日の夜は帰れないので徹夜残業ということ。1 月 4 日は多分仕事始めの日で、プロジェクトの状況を考えると休んではいけないんだろうと思うが、困らせたい人がいるので休むつもり。
今月は残業時間が 120h を超えていて、それが反映される来月のお手当が楽しみではあるのだが、クレジットカードのボーナス一括の支払いが 1 月末に控えており、かつボーナスはすでに無計画に使い切っているので、お手当から充当しなくてはならない。
帰省する時間のみならず金もないという寂しい正月を、こんな陸の孤島で迎える羽目になろうとは…。
今日も今日とて買い物日記。
というわけで、2001年ラストの物欲消化は定例の DVD であった。もう使っていい金がないので、明日からは質素に生きよう。
ところで、物欲板に、かつて、高橋しん先生と職場が同じであったという MIUX さんが書き込んで下さった。ゲームメーカーに勤めていた時代の面白い話が聞けて大変楽しませていただいた(No.1353 )。で、その書き込みの中で、以下のような部分があった。
それはそうと、日記に「ちょびっツ4巻」の話が出てこないのが些か不思議だったりするのですが(笑)
ええと“ちぃたん日記”とタイトルを付けておきながらこんなことを書いて恐縮なのだが、実は『ちょびっツ』をあまり面白いと思ったことがない。ほら、“ちぃたん”って言ってるのは、あくまで PowerBook G4 の“チタン”と掛けてるわけだからさ…って、Mac のネタも最近あまりないのであった。
それでも、4 巻はなかなか面白くなってきたと感じた。ちぃがどうこうというよりも、パソコンと人間との関係、パソコンによって翻弄される人間関係。このあたりをちゃんと描いてくれるのだったら、今後も読み続けていこうかと思う。もうそろそろちぃの日本語も進歩させてほしいと感じることもあるのだが、あのたどたどしい日本語はちぃを人間らしく、非人間らしく描くための記号であって、実はそれによってちぃの微妙な立場を保っているのかもしれない。まあ、ただ単に基本ソフトが空っぽなんだから、と言われておしまいなんだろうけれど。
エンジェの方は、今回、伝説の17話が収録されている。ベッドの下でみさきちが鳩子に告白するというあの激烈に恥ずかしいシーンの回だ。恥ずかしさのあまり胸をかきむしりたくなり、直接心臓をかきむしりたいのだが如何せん手が届かなくて、もどかしい、とゆう…。他に語るべき内容はもうないのだが、あえて言うならば 5 巻に収録されている 14 話以降、エンディング曲が松下萌子ちゃんの『雨上がり』に変わっており、DVD の映像クオリティで観るその ED アニメーションは圧倒的な萌えを生み出す。
フルバは、内容は言うまでもなくよかったのだが、実はブックレットの中の「モエモエ騒動にモエモエ〜!?」というコラムが楽しかった。紅葉くん役の斎藤彩夏ちゃん (13) は“萌え”の意味がわからず、関智一に聞いていたという裏話。演出の平松氏が語るには、モエモエは何?って聞いている、彩夏ちゃんのその姿がモエモエだよね(笑)
、とのこと。スタッフ的にいいのか?それで…。いいよな。
長くなりすぎたので、残りは一行で。
『フルーツバスケット−風色−』。ほっちゃんが OP 曲『For フルーツバスケット』をカバー。岡崎律子ボイスのすばらしさがよくわかる。
『月刊ガンガン WING 2 月号』では『わたしの狼さん。』が 3 回で終了。小桃ちゃんください。
CV 國府田マリ子で。や、名雪ちゃんの話ではなくて。
仕事が忙しくて帰省できないことを親に伝えようと、実家に電話をした。一通り経緯を説明すると、うちの母親は、あたしを一瞬にして凍りつかせる一言を吐いた。
「残念だね。明日こねこが来るのに」。しばらく事の重大さが理解できず、フリーズしてしまった。
ちょ、ちょっと待て。ねこ貰ってきたの? うっわ、全てを投げ出して帰りたい。
生後 1 年のアメリカンショートヘアをどうしてペットショップからただで貰えるのだろうか。今まで飼ってきたねこは、みんな外出ねこだったのだが、当然その子は完全な家ねこなのである。そういうねこを飼うのは初めてだ。
うちの両親は、ねこがいないとお互い会話ができないようなので、にゃんぴが亡くなってからは淡々と生活していたに違いない。きっとどちらかがそれに耐えられなくなったのだろう。
やあ、もう、どんなねこたんなのさ?
年末の流通事情のせいか、元旦発売予定の DVD『まほろまてぃっく[2]』を 28 日に手に入れることができた。3 話『墓ありて儚く』と 4 話『ハート撃ち抜きます』の 2 話収録。
前半はドタバタとコメディを展開して、後半でストーリーを進めるので、かえって重要なところが際だってよろしい。特に 3 話のほうは、結果的に優くんの父親の命を奪ってしまったまほろさんと、優くんとの関わりが明らかにされるという重要な回だったので、きちんと描いてあってよかった。このまま少しずつ全体的に重くなっていくのだろうか。
3 話の前半や、4 話の全編はまさにハート撃ち抜かれまくりの展開で、テレビ東京系のアニメじゃなくてよかった…としみじみ思う。BS-i だから許される表現も多用されている。
ソフトバンク社刊の Raspberry Vol.2 の川澄綾子インタビュー記事によれば、川澄姉さんは監督から「細かいところをつかむんだぞ」と日々、指示を受けていたようで、名前の呼び方とか、微妙な語尾の上げ方によって我々のココロを掴むことが命題としてあったようだ。
その努力も実っていると思うが、アニメならではの細かい仕草もまたあたしのココロを掴んでくる。4 話ラストのまほろさんが、そろそろ人が来るから気絶したフリをしておきましょう、といって優くんに重なるシーンとか。そのすりより方も、ずきゅん、とハートを撃ち抜いてくるのだが、重なった後に自分の水着のおしりのところを指でちょっと直すとか、もう、撃たれまくりでハチの巣状態である。
さて、話は変わって『ナジカ電撃作戦』最終話『華麗なるエージェントは邂逅の薔薇を心に』。まさかここまで面白くなるとは思っていなかった。単なるパンチラアニメだと思って観るのをやめた人は残念でした、という感じ。いや、あれは常時見えているのでパンチラとは言えないだろう。ヒューマリットの自我の目覚めを核にした、非常にしっかりした構成であった。
自分の自我の目覚めに気づいたリラが、ナジカから二者択一を迫られるラストシーンもよかった。ナジカのパートナーとして生きるのか、リラの意志を押し通して回収される道を選ぶということ、それは取りも直さず、ヒューマリットとして生きるのか、人間として生きるのか選べ、ということであろう。
結果、人間として生きる道を選んだリラ。最後の「ありがとう、ナジカ」という言葉は、ナジカの「わたしもリラが大好きよ」という言葉への返答ではなくて、自我が他者に認められたということに対するものだと受け止めた。
この作品はパンチラが気になって、ストーリーが追いにくいこともあったが、感覚が麻痺してしまえばあとは普通に楽しめた。しかし、このカメラアングルやアクションを考えるのにもかなりの労力を費やしているのだろう。パンチラがなければもっと別のことに注力できたろうし、1 話分落とすこともなかったやも(ホントに落としたのかどうかは不明だが)。でも、パンチラなしだとナジカにならない。
さらに話は変わって『ココロ図書館』。スカパーの AT-X 契約者は、第 13 話『ココロ図書館の冬』を観ることができるらしい。
AT-X 加入と、DVD 販売を促進しようというのか。そう簡単にそういう姑息な手段には…もう乗ってた。
うちの母親が、実家にやってきたねこがめちゃめちゃかわいい、という趣旨の電話を昨日だけで 3 回よこしている。今日は朝早くに 1 回。あたしは職場で作業中なのだが…。
やれ、名前はどうしようだの、首輪の色はどうしようだの、何を食べさせようだの、いちいち電話してくるのだ。うれしい。
結局 29 日の昼から仕事で拘束され続けて、気がつけば二徹。つか、気がつけば大晦日。果たして今日は除夜の鐘を自宅で聞くことができるのだろうか。
結局、正月休みは元旦のみとなってしまった。あたしの場合、このような状況に追い込まれた時は、やけ買いに気をつけなければならない。読まない本、聴かない CD、遊ばないゲーム、使わない PC などが増えないように心がけたい。
そういったやけ買いを除いた上で、今年の物欲消化を振り返ると、
あたりが、実のある物欲だったと思う。とくに、ベアボーンの Pure Cube と DVD-R ドライブによって、快適な MPEG 視聴生活を送ることができている。このマシンを導入したのには、やはりあたしの生活環境が大きく変わったことが影響している。
今年 6 月に、札幌から千葉へ転勤しているのだ。札幌で視聴できないアニメの何と多いことか。こころんも、霧香も、亞里亞ちゃんも、シュガーも、くるみ2式も、花右京メイド隊も(以下略)札幌の地上波では観られない。もし、この転勤がなかったら、うちのサイトは典型的マカサイトとしての道を突き進んだかもしれない。が、幸いにして DMNG サイトとして、軌道修正することができた。
ちぃたんについては、3 月に手に入れて以来、職場と自宅で毎日フル稼働である。マイナーチェンジが 2 回あったけれども、まったくうらやましいという気持ちは起こらなかった。ちぃたんに向かって作業することで生計を立てているのであり、あたしの稼ぎを生み出すのはこのマシンなのだ。その意味で、資金回収は早々に済んでしまったし、少しでも早く使い始めることが必要だったということだ。
仕事で使おうと考えているマシンがあって、例えば 3 ヶ月後にその新しいモデルが出ることがわかっているとする。その場合、3 ヶ月後の発売を待つということは、マイナーチェンジによるメリット以上のものを失っているということに、いい加減気付こう。マイナーチェンジ後のマシンが気になって仕方なければ、3 ヶ月以内に減価償却して買い直せ。
金なんてものは、持ってなければ使えないのであるからして、持っているうちに使い切ってしまえばよい。ある人が保持可能な金額というのはそれなりに決まっていて、案外使えばその分だけ入ってくるものなのだ。
と言い切れたら、物欲者としては幸せな年を迎えられるのだが、いろんな支払いで首が回らないので、取り下げ。
2001年12月中旬のちぃたん日記